2016年12月29日

俳壇

事件記者長閑に暮らす菊枕    読売俳壇3席

昔の新聞記者は退職後2〜3年でころりと逝ってしまったものだ。
激務に加えて酒を飲むのが原因だ。
近ごろの新聞記者は退職後も元気がいい。
その代わり夫人が早死にするケースが多い。
女友達に話したら、
「あたりまえよ。散々苦労かけたに決まっている」と一本取られた。
しかし、筆者などは退職してからの方が働いている。
毎日3000字の評論を書く能力があるなどとは思ってもいなかった。
現役のころも良く記事を書いた方だが、
現役記者に毎日3000字のノルマをかけたら、皆死ぬ。
しかし習慣とは面白い物で、
売れっ子小説家の忙しさが分かるような気がする。
記事ネタがない日は両手を合わせて拝んでいると、
なぜかネタが現れる。

事件記者晩年日向ぼこりかな    東京俳壇入選

筆者は政治記者だが、
事件記者もやりたかった。
とにかく根っからのニュース好きなのであろう。
 
冬の星一記者でよい次の世も    朝日俳壇入選
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2016年12月17日

擬人法は至難の業

一湾の夜寒の集い来るごとし   産経俳壇入選
 
初心者のうちはよく擬人法を使う。
擬人法とは自然や動植物を人に見立てて表現することを言う。
明治以来擬人法は月並み句の典型とされてきた。
月並み句とは駄句のことである。
それくらい擬人法は難しいのだ。
それを初心者が使うのだからうまくいくはずがない。
掲句は相模湾の夜寒を表現した。
夜寒が人の集会のように「集い来る」と表現したのだ。
夜寒を二度も三度も感ずる秋の夜を表現した。

いまや目になりしルーペや冬日和   東京俳壇入選

ルーペが目になったという擬人法だが、
意外性で成功した。

悪い例を挙げれば

油蝉一服したる閑(しず)けさや

油蝉が一服しているから閑かだと詠んでいるが、
軽い上に陳腐だ。

明治時代を代表する俳人、正岡子規も、
擬人法を駄句の典型として退けている。

しかし、短歌ではこれが許される。
与謝野晶子には

金色のちひさき鳥のかたちして銀杏(いちょう)散るなり夕日の丘に

と有名な短歌があるが、
何の違和感もない。
しかし俳句のような短詩では無理があるのだ。
ところが芭蕉も擬人法の名句を作っている。

さみだれをあつめて早し最上川

がそれだ。
最上川が五月雨を集めているというのだから、
擬人法の典型である。
しかし100万人に1人も出ない天才俳人の真似を
初心者がするのは滑稽の部類だ。
夜寒は、晩秋の季語。夜は著しく気温が下がり、
手足の冷たさを覚える。
いよいよ冬の近いことが感じられる季節を言う。
朝寒も同様に晩秋の季語である。

夜寒の名句は

鯛の骨たたみにひらふ夜寒かな   室生犀星
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2016年12月16日

季語の送り仮名は省略

総じて季語の送り仮名は省略する。

拝むこと覚えたる児の花祭   東京俳壇入選
 
祭りは夏の季語だが「花祭」は春の季語、
秋も祭りがあるがそれは「秋祭」と表記する。
「祭」は「祭」と書き、送ってはならない。
ただし動詞として「祭る」「祭りたる」などと使うときは送る。

金魚屋を漁師ら囲み秋祭   読売俳壇1席
 
夏の季語「夕焼」も送らない。

秋夕焼硯の海を染めにけり   毎日俳壇入選

といった具合だ。「暮」も同じ。
「春の暮」「夏の暮」「秋の暮」とする。ただし動詞は送る。

日の落ちてとっぷり暮れて十三夜    産経俳壇入選
 
「春隣」は好きな季語だが送らない。

さくさくと羅紗切る音や春隣   毎日俳壇入選
 
季語ではないが

秋深き隣は何をする人ぞ 芭蕉

旧仮名遣いでは送らないケースが多く、
その方が俳句としては格好がいいことも確かだ。
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2016年12月15日

暖かい句

小児科の老医叱りてあたたかし   月刊俳句秀逸句入選
 
俳句ほど人柄を現す文学は珍しい。
またその人柄を躊躇せずに出すべきなのが俳句だ。
 
奥の細道の曾良の句に

かさねとは八重撫子の名成(なる)べし

がある。
那須野が原にさしかかった芭蕉一行の後を、
どこまでもついてくる童女がいた。
名前を聞くと「かさね」と答える。
「聞かぬ名の優しければ」と作った句である。
情景がほほ笑ましいが、
曾良の暖かい人柄が見える句でもある。
 
筆者も会社では怖がられていたが、
本当は温かい人であった。
だから時々我ながら暖かい句を作る。
掲句がその代表である。
なにも暖かくないのに暖かい句を作る必要は無い。
繊細なら繊細なりに、
図太ければそれなりの句を作るのだ。
名は体を表すように、
句は体を表す。
まず自らの性格を分析して“得意”の分野を思い定めるべきであろう。

この庭に命を繋ぐ蜥蜴かな   毎日俳談3席

生きとし生けるものへの暖かい眼差しから作った。

湯湯婆(ゆたんぽ)と書けば笑へるなあ婆さん   読売俳壇1席

家庭の暖かさを出した。

母の暖かさの句は何と言っても中村汀女だ

あはれ子の夜寒の床の引けば寄る
咳の子のなぞなぞあそびきりもなや
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2016年12月13日

雪をんな出でよ

雪をんなついてくるらしときめけり   産経俳壇入選

告白するが、実は愛人がいる。
冬になると逢いに行く愛人だ。
その名を雪をんなという。
雪をんなほど心を引かれる女はいないのだ。
もう何句雪をんなで作句したか知れない。
雪をんなは「雪女」や「雪おんな」であってはならない。
あくまで「雪をんな」なのだ。
旧仮名でないと気分が出ないのだ。
そして雪をんなは絶世の美女なのだ。
山道で追い越されて、
振り向かれた瞬間に脳溢血になるほどの超絶美人なのだ。
 
なぜ雪をんなが好きかというと自らが侘しい者であるからだ。
侘しい者でなければ状況が成り立たないのだ。
だいたい雪女の昔話はほとんどが哀れな話であり、
子のない老夫婦、
山里で独り者の男、
そういう人生で侘しい者が、
吹雪の夜風が戸を叩く音から、
自分が待ち望む者が来たのではと幻想する。
そこから伝説が始まったのだ。
だから筆者も侘しい者でなければいけないのだ。
そして、その待ち望んだものと一緒に暮らす幸せを、
春の淡雪のように儚く幻想して俳句を作るのだ。
だからどんどん出来るのだ。
ただ大事なことが一つある。
もし雪をんなが来ても、
絶対に風呂に入れてはいけないのだ。
消えてしまう。
作り方はドラえもんの「どこでもドア」のように「どこでも雪女」なのだ。
 
妻がいなければ

雪をんな出よ今宵は妻の留守
 
フィギュアスケートを見れば

氷盤の乱舞に一人雪をんな
 
チャイムが鳴れば

真夜中のチャイムの響き雪をんな

終バスを女が降りれば

終バスを降りて山路へ雪をんな
 
招き入れれば

四畳半どこに座らす雪をんな
 
カーリング美人の目を見れば

雪をんなカーリングの眼で迫り来る
 
といった具合だ。
今年の冬もじゃんじゃん作らねば。
もう病膏肓(こうもう)なのだ。
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