2017年02月28日

鍋の句の最高峰

冬は何といっても鍋だ。
筆者の出身の三河地方には煮味噌という鍋がある。
鰹節だしをとって、
八丁味噌で貝や肉類、野菜を煮込んで食べるが、
これが鍋の王者だろう。
昔からあり、三河武士の活力源であった。
司馬遼太郎によると信長、秀吉、家康もその軍団もみな
八丁味噌で天下を取った。
煮込むほどうまくなるから通は最後に食べる。

鮟鱇鍋も寒波の襲来と共にうまくなる。

みちのくの言葉短し鮟鱇鍋   毎日俳壇入選

東北人は多くを語らない。語らなくても暖かい。
高価さにおいてはふぐちりとスッポン鍋だ。
一連のコースの最後に出てくるから、
勘定書きを見ると目の玉が飛び出る。

ふぐちりや東京タワーを遠望す    東京俳壇2席

それでも時には食べることはある。
鍋の句は人生を絡めると深みが出る。

寄せ鍋の湯気に歳月浮かびけり    杉の子

しんみりとした感じを出した。

そして鍋の句は久保田万太郎だ。
浅草駒形どじょうの久保田万太郎の碑は
「御輿まつまのどぜう汁すすりけり」。
雷門生まれの江戸っ子の粋が滲み出ている。
しかし何といっても最高峰は

湯豆腐やいのちの果てのうすあかり

だろう。
急逝する五週間前に、忘年句会で詠んだ。
妻にも子にも先立たれ、
孤独な晩年を過ごした万太郎の人生の寂寥感が漂っている。
読者は年を重ねるにつれてこの句の深い味わいが増してくるのだ。
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2017年02月23日

動物の描写

一茶には動物を詠んだ句が多く、
猫だけで330句余りも詠んでいる。
蛙、雀、蚤、虱に至るまで、
詠んだ句は膨大な数に及ぶ。

母に三歳で死に別れて、
自分は子供を亡くすなど家族に恵まれない人生を送った。
一茶はその欠落を埋めるかのように小動物を愛した。

吾と来て遊べや親のない雀

は寂しかった幼少期回顧の句でもあった。

痩蛙負けるな一茶是に有り

は、弱者に対する優しい眼差しが感じられる。

筆者も動物の句はよく作る。
新聞俳壇の成績もいい。

秋の日に考へているゴリラかな    産経俳壇入選

動物園でゴリラの思慮深そうな姿を描写した。

羽抜鳥人見るたびに一驚す   東京俳壇入選

本当に良く驚くのがニワトリだ。
一歩歩く度に驚いている。

千の蟻一匹頭痛の蟻がいる   東京俳壇入選

ふとそう感じたのだ。 

雨蛙目玉回して飛びにけり   毎日俳壇入選

雨蛙は本当に目玉をくるくる回す。
題材を動物に求めれば、
周囲に山ほど転がっている。
活用することだ。

嫁が君天井裏の自由かな    東京俳壇入選

嫁が君は鼠の別称で新年の季語。
鼠は大黒様の使いで正月に
米や餅を供えるなどの風習があった。 
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2017年02月22日

忌日の句

著名人やとりわけ俳人、歌人などの忌日に、
その故人を偲ぶ俳句を忌日の句という。
西行忌、芭蕉忌、一茶忌、子規忌、漱石忌などが有名だ。
忌日を詠むこつは何気ない日常を詠むことである。
故人にゆかりの強いことを詠むと、
即(つ)きすぎとなりやすい。
せいぜい故人とは“かする”ていどの関係が良い。

浅酌をして大石忌過ごしけり   日経俳壇2席

大石内蔵助の切腹した2月4日を詠んだ。
大石と全く関係のない私事を詠んでいるが、
かすかに「酌」が“かする”程度である。
大石は幕府の目をごまかすために
京都で茶屋遊びにうつつを抜かしたといわれるが、
掲句を深読みすれば茶屋での「酌」がイメージが醸し出されるのだ。
触れてもこれくらいにすませると嫌みにならない。

同様に陰暦11月19日の一茶忌は

雪降れば馬の目濡らす一茶の忌   毎日俳壇入選

と詠んだ。
当たり前の自然現象であるが、
一茶に「馬」の俳句が多いことから、
これもさりげなく「馬」を入れた。

鴎外の墓にも花を桜桃忌  毎日俳壇入選

太宰治の6月19日の忌である桜桃忌を詠んだが、
太宰の墓の前には森鴎外の墓もある。
森鴎外を尊敬してやまなかった太宰治は、
生前三鷹の禅林寺にある鴎外の墓について、
「ここの墓所は清潔で、鴎外の文章の片影がある。
私の汚い骨も、こんな小奇麗な墓所の片隅に埋められたら、
死後の救いがあるかもしれない」と書いている。

その意を汲んで、
美智子夫人が太宰をこの寺の鴎外の墓の側に葬ったものだ。
太平洋戦争の敗戦を記念した忌日もある。
沖縄忌と原爆忌だ。

捻子まけば動くヒコーキ沖縄忌    毎日俳壇入選

6月23日。
太平洋戦争の終わりの頃、
沖縄は日米の最後の決戦地になり、
多くの民間人が犠牲になった。
沖縄の日本軍が壊滅したこの日を、沖縄忌という。
原爆忌は広島、長崎に原爆が落ちた忌日だ。

真夜中の北斗のひかり原爆忌   杉の子
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2017年02月21日

幻想の句

山姥の出刃となりたる二日月   東京俳壇入選

時には夢幻の世界を逍遙するもよい。
心を俗世間の外に遊ばせるのだ。
現実にはあり得ない世界に読者を感性を持って誘うのである。

掲句は二日月を見て山姥の世界に遊んだものだ。
幻想の句で大切なのは勝手な幻想を並べないことだ。
読者の共感を呼ぶ範囲内で幻想の世界に導かなければならない。

春昼の折り鶴崩れ初めたる   産経俳壇入選

棚に飾った折り鶴が突然崩れ始めたような感覚に陥った。
現実には折り目正しく折られたままであり、
崩れてはいないが、
異次元の世界をふと感じたのだ。

十六夜の天空からの高笑ひ   東京俳壇特選

十六夜の月を見ていたら、
こんな時鬼が高笑いをしそうだと思ったのである。
それをそのまま高笑いしたことにして一句に仕立てた。

幻想句で有名なものは

この樹登らば鬼女となるべし夕紅葉    三橋鷹女

だろう。
作者は燃え上がるような紅葉に囲まれ、
夕焼けにでもなったなら木に登って鬼女の如く振る舞ったら
どんなに精神が解放されるだろうと思ったに違いない。

願望と幻想が入り混ざった名句である。
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2017年02月17日

そんなことあるかい句

「そんなことあるはずがない」といいたくなる季語が二つある。
春の季語の「亀鳴く」と秋の季語の「蚯蚓(みみず)鳴く」だ。
筆者もこれらの季語は気にも留めなかったが、
心の片隅にはあった。
それがある春の日の午後、
こんな日和の日は四天王寺の亀が鳴いているのではないかと思って、
自然に一句出来た。

この昼は四天王寺の亀鳴けり   毎日俳壇2席

大阪勤務のころアパートから隣の四天王寺がよく見えた。
池には亀がいっぱいいて長閑な風景を醸していた。
この一句で俳人には、
一般人の聞こえぬ亀の鳴く声が聞こえるのだと思ったものだ。
実際には亀が鳴くことはなく、
情緒的な季語である。

藤原為家の
「川越のをちの田中の夕闇に何ぞと聞けば亀のなくなり」の歌が発端で、
古くから季語として定着している。

桂信子が

亀鳴くを聞きたくて長生きをせり

と詠んでいるが、
聞こえた筆者は早熟だろうか?

蚯蚓鳴くもそうだ。
秋の夜、道ばたの土中からジーと鳴く声が聞こえてくることがある。
実はケラの鳴く声であるが、
昔の人はそれを蚯蚓が鳴いているものと信じていた。
そして蚯蚓には発音器がないので鳴かないが、
蚯蚓が鳴くと感じる感性が、
だんだん俳人の心に育つのだ。
そして秋の夜のしみじみとした情緒にであうと、
「蚯蚓鳴く」で一句を詠みたくなってしまうのだ。

蚯蚓鳴く六波羅蜜寺しんのやみ   川端茅舎

平家の六波羅探題のあとに出来たのが六波羅蜜寺である。
その「真の闇」を語るのに茅舎は蚯蚓の鳴き声を“増幅”させた。
闇の深さが一層伝わってくる。
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