2017年04月30日

俳句と政治家

政治家の俳人で本物は大野伴睦と藤波孝生だろう。
俳号「万木」の大野が保守合同の立役者三木武吉を詠んだ句が

三木武吉涼しく痩せて眉太し  万木


人物描写の句は珍しいが、秀逸である。
「涼しく痩せて」はなかなか言えるものではない。
 
政治家には運不運がつきものだが、
中曽根康弘と死んだ藤波孝生ほど際だつものはない。
藤波の俳号は孝堂(こうどう)。
両人とも俳句をやるがその作に如実に現れている。

暮れてなお命の限り蝉時雨    康弘

控えめに生くる幸せ根深汁    孝堂
 
中曽根は首相になって藤波は官房長官にとどまったが、
ライフスタイルが天と地の開きがあった。
 
俳句の通りに中曽根は日がとっぷり暮れたのにもかかわらず、
あちこちでうるさく鳴き続けた。
まさに「生き強い」人間の典型である。
しかし俳句の方は中曽根の創作ではあるまい。
芭蕉の

やがて死ぬけしきは見えず蝉の声

のパロディーと言ってよい。
プロならその類想性をすぐに看破する。
それでも中曽根は

したたかと言われて久し栗をむく

だそうだ。
藤波は中曽根の俳句をよくチェックして修正していた。

一方、藤波はリクルート事件の波をもろにかぶった。
一部に総理大臣候補だとされていたと言うが、
盟友竹下登のリップサービスが作った虚像の色彩が濃い。
本人はその意欲もなく、
能力もあったかどうかは疑わしい。
控えめに生きて中曽根の補佐をするのが幸せな部類の政治家であった。
しかし俳句だけは政界では大野と並ぶ一流だろう。
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2017年04月27日

俳談

大和市にある泉の森公園は野鳥が多く、
カメラに超望遠レンズをつけて撮影に行くと
必ずなにがしかの収穫がある。
今日は野生のハトの群れが飛ぶのを撮影していたら、
急降下して筆者の頭上すれすれを猛スピードで飛び過ぎた。
何事かと思ったら大鷹だった。
大鷹が群れの中の一羽を狙って襲いかかったのだ。
絶好のチャンスとばかりにレンズを大鷹に向けたが、
フォーカスできなかった。
ハトは皆無事であった。
 
写真には撮れなかったが、
網膜写真にはちゃんと写っている。

その刹那鳩大鷹を躱(かわ)しけり   杉の子

野鳥撮影は瞬間だから、
反射神経が物を言う。
筆者のカワセミ写真には
決定的な瞬間をとらえたものが山ほどある。
俳句で春がそこまで来ていることを「春隣」という。
冬の季語だ。「春遠からじ」も同じ意味で冬の季語。
この春隣ほど好きな季語はない。
春の足音が確実に聞こえだしたようで心が浮き立つ季語である。
毎年数知れないほどこの季節に春隣の句を作っている。
拙句の場合食べ物との取り合わせで作るケースが多い。

ざつざつとバターを塗りて春隣    杉の子

といった具合だ。
ぱんにバターを塗る音に春の近さを感じるのだ。

何にでもマヨネーズかけ春隣   東京俳壇入選

もある。
旺盛な食欲と春を響かせた。

さくさくと羅紗切る音や春隣   毎日俳壇3席

三越で背広を作ったときに羅紗バサミで布地を切る音に春を感じだ。
諧謔(かいぎゃく)味がある句が

春隣娘の彼の力こぶ   杉の子

娘の彼氏のたくましさに圧倒されて作った。
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2017年04月26日

年寄りはわくわくせよ

二十四節気は一年を二十四に分けたもので、
立春はその一つ。
節分の翌日にあたり、
新暦の二月四日ごろ。
暦の上ではこの日から春になる。

寒気のなかにもかすかな春の兆しが感じられる。
とりわけ日差しが濃くなって、
人の気持ちもわくわくしてくる。
年をとると辛気くさくなってわくわくなどしない爺さんが多いが、
首相・安倍晋三もかつて新年冒頭に
「わくわくしながら1年送る」と宣言した。
だいいちわくわくしなければ俳句など出来ない。

徹夜明け立春の日のまぶしけれ  毎日俳壇3席

夜中に政治評論を書いていると、
悪戦苦闘をして夜が明けてしまうこともしばしば。
雨戸を閉めているから外の様子は分からない。
書き終わって雨戸を開けると、
日矢がまぶしい。

ふりむかぬ大勢に射す春の日矢   桂信子

日矢とは俳句で強い太陽光を指す。
掲句は「大勢の人は日矢を知らないまま通り過ぎているが、
私は日の光で季節の移ろいが分かっている」という詩人の心を詠んだものだ。

早蕨を干せば日差しの濃かりけり  毎日俳壇入選
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2017年04月25日

ノスタルジア

最近は乳幼児を背負う母親が少なくなった。
ベビーカーかだっこ型のベビーキャリーが流行っている。
銀座通りには最新ファッションの女性が
これまた高級ブランドのベビーカーとハイヒールで闊歩しているが、
ノーテンキそうで子育てが大丈夫か心配だ。
電車の中ではベビーカーのブレーキをかけないままで、
危険極まりない。
いざというときはだっこよりおんぶだろうと思うがどうだろうか。
大空襲も大震災もおんぶだった。
両手が使えるし身動きが自由だ。

ねんねこの中の粉雪払わねば   毎日俳壇入選
 
ねんねこは赤ん坊を背負う際に用いた防寒用の子守り半纏(ばんてん)。
なぜか夕焼けの中の五木の子守唄を思い出す。
ちなみに「おどま 盆ぎり 盆ぎり」の「おどま」は、自分のこと。
「盆ぎり」は「盆限り」と書いて、
「ぼんぎり」と読ませるから、
お盆までのこと。
「お盆が過ぎたら私は、もうここにいない」と歌っているのだ。
子守りは嫌だったのだろう。
子守り半纏の欠点は赤ん坊のクビがうしろにかっくんとなり、
座らないことだが、
最近では「クビかっくん防止型」も売られている。

わら草履はける昭和よ冬の星   東京俳壇2席

ノスタルジアは俳句になる。
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2017年04月21日

俳談

寒雀餌やる母のいまは亡し  杉の子
 
野鳥撮影が趣味なのが読売新聞グループ本社主筆の渡辺恒雄さんだ。
普段から骨太の言論人としてもっとも尊敬すべき人と思っている。
政府の情報保全諮問会議の座長として活躍した。
秘密保護法をめぐっては
戦前の治安維持法と言わんばかりの朝日の風評垂れ流しに、
読売が毅然(きぜん)とした論調を張って、
世論の正確なる誘導に努めた。
諮問会議は政府が独走するのを外部から目を光らせる役目だった。
 
そのナベツネさんは庭に鳥の餌台を作って
超望遠レンズで撮影するそうだ。
超望遠レンズを駆使した野鳥撮影は
一種の狩りのような爽快感を覚える。
日日の仕事のストレス解消にはもってこいだ。
 
だいいち狩猟のように生命を遊びで殺傷しないのがよい。
ナベツネさんにカワセミ撮影を教えたら、
確実にはまる。
しかし年も年だし底なし沼に落ちないように、
庭に来る野鳥で我慢してもらった方がよい。
筆者の庭の餌台にも雀はもちろん、
メジロ、シジュウカラ、ツグミ、ハト、ムクドリ、ヒヨドリなどが
ひっきりなしに来る。
近頃はオウムまでやってくる。
カワセミ撮影に行かないときはもっぱらこれらの鳥を撮っている。

群れ雀寒夕焼を追ふごとく   杉の子
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