2017年04月19日

知らぬ間に楚楚(そそ)と咲く

臘梅(ろうばい)は知らぬ間に咲くならひかな    毎日俳壇入選

早春、我が家の庭に咲く花は臘梅。
だそして暫くたつとまんさくの花へと続く。
この臘梅のおかしいのはいつももう咲いている頃かと思って、
見に行って初めて咲いたと分かることだ。
桜のように待たれることもなく、
独りで楚楚と咲くのだ。
それだけ目につかない花なのだろう。
春先になにも彩りがない庭で咲く花は貴重だ。
それも臘梅は黄色で名前の通り、
ろうのように透きとおっていて宝石のようにきらめく。
 
春先に咲く花が黄色いのはなぜだろうか。
これは虫が花粉を運んで受粉させる虫媒のシステムに原因があるようだ。
早春にいち早く活動を始める昆虫にはアブやハエの仲間が多いのだが、
これらの虫は黄色い色に敏感だといわれている。
そういえば、まんさくがかすかながら魚の腐ったような臭いがするのも、
ハエを引きつけるためなのだろう。

臘梅に薄日のありて無口なる   杉の子
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2017年02月02日

新酒を詠む

友ら皆白髪か禿げよ新酒汲む   読売俳壇入選
 
昔田中角栄の家に夜回りすると、
酒はオールドパーであった。
ロッキード事件の後などは昼間から一人で一本開けることもあった。
「なんで越後の酒でなく洋酒なんですか」と聞くと
「日本酒はうますぎてついのみすぎてしまう」だそうだ。
それでも正月は3升も入る越乃寒梅の大瓶で祝った。
一緒に夜討ち朝駆けした友も皆白髪か禿げとなった。
 
新酒は秋の季語。
かつては収穫した新米をすぐ醸造したため秋の季語となったが、
現在はほとんど寒造りで、
2月に出荷される。

一つ欠き五臓と五腑に染む新酒   杉の子

胆石の手術で胆嚢を取ったが、
医者はのんでもいいと言うから遠慮なくのんでいる。
しかし昔のようにがぶ飲みをしない。
楽しむ習癖が年と共に備わった。

がぶ飲みはもはやせぬ歳今年酒   杉の子

酒を詠んだ名句は何と言っても李白だろう。
杜甫が「李白一斗 詩百篇」と詠んだようにたいへんな酒豪であった。
たしかに一杯やりながら俳句を作ると面白いようにどんどん出来る。
せきを切ったように出来るのだ。
しかし翌日覚めてから見ると駄句の山を築いていたことが分かる。

李白は「山中にて幽人と対酌す」に

両人対酌すれば山花開く 一盃一盃復(ま)た一盃

自然の中で酒を酌み交わし、
気ままに語り合う自由を詠んでいる。
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2016年11月10日

秋灯

秋灯を引き寄せにけり古物商   毎日俳壇1席

秋の電灯の光は郷愁を誘う。
秋灯ほど秋の季語で美しいものはない。
筆者はひと秋に何句秋灯で作句するか分からないほどである。
夜長の季節を、
茶の間の裸電灯の下で
家族それぞれが好きなことをしている昭和の風景が好きだ。

秋灯下セロ弾きゴーシュを妻の読む   杉の子

といった情景だ。

秋灯下言葉はいらぬ母とゐる     毎日俳壇入選

は、昔々の風景だ。
子供は針仕事が終わったら本を読んでもらおうと狙っているのだ。
その子もガールフレンドが出来る年齢になると

秋灯を手元に寄せてその名書く  杉の子

こればかりは自分の部屋で恋文の宛名書きだ。
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2016年08月04日

第2次夏休み

筆者より=
明日から月末まで第2次夏休みに入ります。
ただ臨時送信もします。
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2016年06月10日

材料を無理矢理見つける

「絵心」があれば「句心」もある。
句心は句作のセンスを指すが、
句を作る意欲と言ってもいいだろう。
句心が生まれたら何が何でも一句作ってしまう。
季重なりだろうが、
不格好だろうがまず作ることが先だ。
材料を無理矢理にでも見つけてしまうのだ。
 
芭蕉が

春なれや名もなき山の薄霞

と詠んだが、
普通の人は富士山とか高名な山で作りたがるものだが、
芭蕉ともなると名もなき山で名句を作ってしまう。
なぜ作れるかというと、
句心が湧けば無理矢理にでも作ってしまうからだ。
句心が湧かないと奥の細道で松島に行っても
俳句が出来ないのだ。
 
中村若沙は、
しょっちゅう句材を探している内に、
帰省した際にあることに気付いた。
郷里に戻ると自然に標準語が
郷言葉に変わっている自分に気付いた。
しめたとばかりに

春掛けや郷(さと)にもどりて郷言葉

若沙は岡崎市生まれ。
筆者は隣町だ。
三河弁は名古屋弁と違って、
江戸弁の原型だけあって、品がいい。
矢作川が流れていて閑かな田園地帯だ。
「春掛け」は春の掛け軸の意味だ。
江ノ電に乗ったら句心が湧いた。
海を見たら光っている。

立春や江ノ電光り海光り    毎日俳壇入選

思いついたらすぐに忘れるから、
書き留める。
その句を書き留める鉛筆のしんが折れた。
これも逃さず一句にする。

悴(かじか)みて鉛筆の芯折れ易し  毎日俳壇入選

といった具合に、
まず作るのだ。
五七五に無理矢理文字を並べるのだ。
その後で推敲(すいこう)する。
それでは句心が湧かない場合はどうするか。
これも無理矢理湧かすのだ。
無理にでも湧かす訓練を積めば、
その癖がつく。
posted by 蕪村顕彰俳句大学 at 22:47| お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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