2017年04月12日

俳談

吉井勇作詞・中山晋平作曲の
《 ゴンドラの唄 》は森繁久弥が哀調があっていい。
しかし黒沢明監督の映画「生きる」のなかで、
末期がんの市役所の課長・志村喬が
公園でブランコに乗って歌った姿も印象的だった。

いのち短し 恋せよ少女(おとめ)
朱(あか)き唇 褪(あ)せぬ間に
熱き血潮の 冷えぬ間に
明日の月日は ないものを


今は胃がんくらいでは早期発見すれば滅多に死なないが、
戦争直後までは死に至る病だった。
だから往年の名画のなかで
「明日の月日はないものを」が利いてくる。
今公園に行くと老夫婦の散歩ばかりが目立つ。
皆仲睦まじい感じだ。
朝の散歩だから“訳あり”の散歩はまずない。

冬麗の二人ここには誰も来ぬ   産経俳壇入選

という感じの散歩を1度はしてみたいものだ。
しかし怖くて出来ない。 
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2017年04月09日

黄昏レンズ

三夕(さんせき)の歌とは『新古今和歌集』に並ぶ
「秋の夕暮れ」を詠んだ三首の和歌をいう。
日本人なら「三夕」と聞いただけで、
そこはかとなき哀愁を感ずる名歌だ。

寂蓮(じやくれん)の

寂しさはその色としもなかりけりまき立つ山の秋の夕暮れ

西行の

心なき身にもあはれは知られけり鴫(しぎ)立つ沢の秋の夕暮れ

藤原定家の

見渡せば花も紅葉(もみぢ)もなかりけり浦の苫屋(とまや)の秋の夕暮れ

の三首。
『新古今和歌集』の代表的な名歌である。
今年も夕方の俳句に挑戦しようと思う。

鳧(けり)の子のけりつと鳴ける日暮れかな   東京俳壇入選

既に画壇には三夕どころか、
「無数の夕刻」を表現した版画家がいた。
川P巴水(はすい)だ。
別名「黄昏(たそがれ)巴水」と呼ばれたほど、
郷愁の日本の夕刻を表現し続けた。
これを筆者は写真で成し遂げようと、
「黄昏レンズ」を入手した。
ニコン58mm F1.4だ。
フラッシュなど不要の「黄昏専門レンズ」と名付けている。
これで黄昏の東京を撮って歩くつもりだ。
俳句も黄昏、写真も黄昏。
人生の黄昏時にふさわしいテーマの追求だ。

日の落ちてとっぷり暮れて十三夜   産経俳壇入選

写真は破水の版画と写真とのコラボ。
破水の版画にも傘を差している人が見られる。
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2017年04月08日

駄句の山にはダイヤが光る

「子規は自分の俳句をおろそかにしなかった。
『金持ちは一銭でも無駄にしない』と言ってね。
どんな句でも捨てないで書きとめていましたよ」。
子規の高弟・高浜虚子の言葉である。

子規がいかに自らが生み出す俳句のすべてを
愛(いつく)しんでいたかを物語る。
確かにそうだ。
拙句もその名の通りつたないものがほとんどだ。
しかし、パソコンには駄句が
「俳句命」のフォルダーに山ほども蓄えてある。
新聞に採用されなくても一年後には作り直して投句するのだ。

恐ろしき昭和を見たり昼寝覚(ひるねざめ)  朝日俳壇1席

は当初

恐ろしき昭和を見たり明易し

だった。
明け方の夢を詠もうとしたのだ。
しかし昔日の日本兵がテレビで
「昼寝をしてもビルマのジャングルの夢を見る」と述べていたのを聞いて、
打座即刻に「昼寝覚」とした。
駄句がダイヤモンドに変わった瞬間である。
 
恐らく子規も書き留めておいた句を、
時々引っ張り出して推敲していたに違いない。
今はパソコンにしまっておけば、
「検索一発」で昔の駄句が出てくる。 
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2017年03月24日

愛用の品を詠む

身の回りを見渡してみよう。
必ず愛用の品があるはずだ。

ペリカンとライカの古し秋灯下   毎日俳談入選

ドイツ製品は日本製と共に信頼感がおける品が多い。
その代表がカメラのライカと万年筆のペリカンだ。
ライカはかつて一世を風靡(ふうび)した。
木村伊兵衛はライカに標準レンズをつけて珠玉の写真を撮った。
ペリカンは長い間放置しておいてもキャップを外した瞬間から滑らかに書ける。
ライカはレンジファインダーだが、
今ではレンジファインダーは時代遅れ。
値段ばかり高くて、内容が伴わない。
しかし、こうした名品が古くなって秋灯下で磨いていると、
なぜか心が安らぐ。

庄内竿ちぬのしなりを見せにけり   産経俳壇1席

釣り好きの父親が愛用したのは庄内竿だ。
山形県庄内地方では伝統的に磯釣りが楽しまれており、
庄内藩も釣りを武門の嗜みとして奨励した。
武士たちは竿に凝って
「名竿は名刀より得難し、子孫はこれを粗末に取り扱うべからず」
といった遺訓が残されているほどだ。
魚がかかると独特の震えとしなりで獲物が何であるかを知らせてくれるという。

いまや目になりしルーペや冬日和   東京俳壇入選

丸眼鏡かけて昭和の夜なべかな   毎日俳壇1席

愛用の品を一句に詠み込むのは楽しい。
こつは物そのものを詠まずに生活と関連づけることだ。
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2017年03月23日

日日の生活を詠む

定年で退職すれば悠々自適の生活が待っているかと思えば、
筆者の場合、
自らに課した政治評論と俳談で毎日5千字の原稿書きで超多忙だ。

マスコミ関係者ならその苦労は分かるが、
好きでやっているからしょうがない。
かれこれ10年になる。ただ働きどころか、
新聞代などで月2万円の持ち出しだ。
友達からは「よくやるよ」と言われるが、
正しい評論は信念だから仕方がない。
書き上げると爽快感があるからやっている。しかし

鴨来しと聞けば見に行く暮しかな  産経俳壇入選

にはほど遠い。
拙者も「野鳥撮影命」の人だから、
時間を割いて近くの森に通う。
昨日撮ったのがアオサギの飛翔の写真だ。
秒12枚の連射でバリバリと撮る。
日常生活を詠む俳句は気負いが要らなくてよい。
そのままを素直に詠めば結構新聞が採ってくれる。

玉葱に涙などして暮らしゐる   産経俳壇1席

といった具合だ。

葱刻む平穏いまだ続きをり   毎日俳壇1席

こんなに平穏でいいのかと思って作ったが、
やはりその平穏は続かなかった。
人生波瀾万丈である。

青梅(あおうめ)の丸薬ほどを見に庭に   産経俳壇1席

もうじき梅の木に梅の実がなる。
掲句は「丸薬ほどを」の措辞を見つけたのが成功した。
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