2017年03月22日

語彙を蓄える

俳句の根幹は言うまでもなく言葉である。
言葉の善し悪し、その用い方で一句の良否が決まる。
語彙が豊富なほど多様な表現が可能となる。

語彙を豊富にするにはどうするか。
言葉を貯金することである。
貯金するためには稼がなければならないが、いかに稼ぐか。
丹念にメモすることである。
それも俳句モードでメモする。
思いついた言葉や、
テレビドラマでも詩歌でも歌謡曲でも
目に見え耳に聞くものすべてをメモする。
そして新しい言葉を発見することである。

この貯金した言葉を時々見ているといろいろな想像が湧いてくる。
例えば「四角のビル」という、
人間の疎外のような言葉をテレビの哲学講座で蓄えたとする。

爽やかや四角のビルより退職す   東京俳壇1席

という形になる。

「嵌め殺し窓」を貯金したとしよう。
おりから梅雨の入りの走り梅雨である。
空想をふくらます。
そんなときテレビにお寺が映った。

禅寺の嵌め殺し窓走り梅雨

となる。

「初夏を吐く」という詩的な言葉を思いついた。
大事に熟成して

初夏を吐く浅蜊蛤海坊主

「楽剃り」。
信仰心からでなく軽い気持ちで剃髪することである。

楽剃りのご隠居目立つ夏祭り

と言った具合だ。
言葉を大切に貯金して、
これをいつか取り出そう。
ただ言葉の発見は新鮮でないといけない。
手垢のついたことばなどいくら貯金しても無駄だ。

例えば「カンナ燃ゆ」。
カンナは常に燃えている。
これを詩的と思うようでは俳句を辞めた方がいい。
詩の世界ではむしろカンナは凍らせた方が新鮮だ。
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2017年03月15日

歌枕を詠む

古歌に読み込まれた諸国の名所を歌枕と言うが、
それ故に俳句に地名を読み込むときには注意が必要である。
なぜなら、地名の持つ余韻がその俳句に規範として働くからである。

芭蕉は俳句に歌枕を入れることについて
「名所の句のみ雑の句にもありたし。
季を取り合わせ、歌枕を用ゆる、
17文字にはいささか志述べがたし」
と述べている。
名所の句には無季の句があってよいというのである。
季語と歌枕と並列すると詠みきれないというのである。
要するに季語を入れたら地名を入れない。
地名を入れたら季語を入れないのが原則であるというのだ。
俳句の場合はどうしても季語が優先するから、
安易に地名を入れてはならぬということになる。
俳句では季語と歌枕がバッティングしすぎるのである。

翻って、朝日俳壇の長谷川櫂の選句を見ると、
明らかに芭蕉の教えを意識して守っているところが伺える。

沖縄や悲しき歌を晴晴と

という句を選句して、
コメントを付け「地名が一句にはいるとき、
季語不要の場合がある」と述べている。
俳聖の教えは今でも通用するから凄い。
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2017年03月14日

俳壇

新聞俳句は「敵を知れば百戦危うからず」であり、
応募する側も選句の実情をよく知っておく必要がある。
とりわけ、選者の研究を十分にして、
効率的な投句をしなければ俳句の泉が枯渇する。
 
ところで、最近選句に関して面白い話を聞いた。
ある編集者が「先生、一日5千句もの俳句の中から
どうして佳句を選べるのですか」と聞くと、
老大家曰く「いやね、読み流しているように見えるだろうが、
優秀な句は自ずと立ってくるのだよ」。
佳い句は葉書が立ってくるというのである。
いささか神懸かり的であるが、
一面を衝いているかもしれない。
 
朝日俳壇で週に5千句から7千句。
NHKも同数。そのなかからどうして選ぶのか疑問が生ずるのは当然。
垣間見たところによると選者は稲畑汀子も金子兜太も
選句にかける時間は一句0.5秒から0.7秒。
要するにぱらぱら見ている感じである。
その中から佳句秀句が琴線に触れるわけだから凄い能力だ。
文字としてみるのでなく絵画を見るように見ているという心理学者の分析もある。

鷹羽狩行の場合は月平均3万句ほどの選句数。
一日1000句に相当する。
鷹羽は「もう慣れっこで、
呼吸しているのと同じ」と述べている。
新幹線は”走る書斎”、飛行機は”空飛ぶ書斎”だそうだ。

選句地獄のただなかに懐手    鷹羽狩行

と余裕綽々だ。
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2017年03月09日

類想句とは

よく似通った句を類想句という。有名な例では
山口誓子の

沖に出て木枯らし帰るところなし

が、池西言水の

凩の果てはありけり海の音

の類想であるというものである。
 
言水の句は江戸時代の有名な句であり、
言水は俗に「凩の言水」と言われた。
誓子はそれを承知の上で作ったものとされている。
誓子の句は特攻を暗喩で描いたものとされ、
名句中の名句と言ってもよい。
いまは特攻は忘れられ、
時事詠と離れて解釈されるケースが多い。
 
これについて故飯田龍太は
「作品が前者をしのいだら問題はない。
いわば相撲で兄弟子を負かすようなもの」と断定している。
誓子は言水を大きくしのいでいるというのである。
 
昔はおおらかだった、
芥川龍之介は飯田蛇笏の句を真似たと言って

癆咳(ろうがい)の頬美しや冬帽子

を作ったが、
そのモデルの句は

死病得て爪美しき火桶かな

だ。

これを類想と言えば類想だらけになるが、
むしろヒントにしたと言った方が適切だろう。
芭蕉が和歌から「本歌取り」した俳句は数知れぬと言われているが、
批判する者は居ない。
龍太の言うとおり、
モデルの句を越える力量があればよいということだ。

人口に膾炙した芭蕉の晩年の句

此道や行人なしに秋の暮

を蕪村が  

門を出れば吾も行人秋の暮

と詠み変えているが、
これは類想というより、
芭蕉への敬慕の念をあえて芭蕉の俳句を借りて現したものであろう。
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2017年03月08日

話し言葉がそのまま俳句に

指を折って五七五をつくっていると、
時々調子のいい話し言葉に飛び付きたくなる。
子規もそうであったらしい。
若いころ母親に「寒いね」と語りかけると母親は

毎年よ彼岸の入に寒いのは

と答えた。
これをそのまま一句にしたためてしまったのが掲句である。
俳句は自由な芸術であり、
季語が入っていれば口語調であっても許される。

筆者も茶の間の話し言葉をそのまま使った句がある。

春宵の泣くなと言へばなほ泣いて   産経俳壇1席

愁嘆場のやりとりだが昔の話だ。

昔ジルバが流行った。

黒揚羽雨のジルバを踊らうか   産経俳壇入選

虚子も詠んでいる。

初蝶来何色と問ふ黄色と答ふ 
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